つれづれぐさ'18

つれづれなるままに

チマタの噺 林家木久扇の奔放すぎる人生 2018/10/09

先日のチマタの噺、なんだか凄く濃いお話でした。

ので、久々のTVウォッチログ。

 

まずはTVerのリンクを↓

tver.jp

 

以下メモというかログというか。


今回のゲストは林家木久扇師匠

御年80歳。健康の秘訣は、ラジオ体操加圧トレーニンらしい。

 

最初の街コーナー

漫画家の春待ポッティさんが出てくる。

twitter.com

https://twitter.com/harumachi_poti

ポッティさんはもともと少年漫画をやりたかったのだけど、デビューが早いということで少女漫画家としてデビューしたという。

公園でハトを眺めてネタ探ししていたところを撮られてしまうところが素敵。笑

 

戻ってべぇ師匠と木久扇師匠の二人のスタジオトークへ。

少女漫画から、というところで同じく少女漫画でデビューした赤塚不二夫さんの話をし始める木久扇師匠。師匠も絵を描くのが好きだという。

 

↓は番組でも紹介された、木久扇師匠の25年分の絵からセレクトされた絵と、詩が載っている本。

 

本の中に田中角栄氏の絵もあったことから、お世話になったという田中角栄氏の話へ。

木久扇師匠といえば木久蔵ラーメン

中国でラーメン店を出したくて、首相を引退していた田中角栄氏に会いに行った時の話に。

全国ラーメン党という、木久扇師匠が理事を勤める団体(横山やすしさんが副会長)があり、当時1万名位党員がいたそうな。
(※現在は日本ラーメンファンクラブという名称で、まだあるようです↓)

日本ラーメンファンクラブについて | 日本ラーメンファンクラブ

 

やすしさんの繋がりで角栄氏に面会できることになった木久扇師匠。

数分の面会で、ラーメン店を中国に出したい、という話をする中、

角栄氏との距離を詰めたくて、ジョークで、

「なんで北京でラーメン店を開くかと申しますと、ラーメンというのは割り箸がついておりまして、割り箸は日中友好でございます。割ると2本(日本)、折るとペキン(北京)」

という話をしたところ、

「要件は簡略に!」

と全然ウケない。

話を続けていくうちに、やっと中国でラーメン店を開きたいので相談に来ている男だというのが伝わったらしいところで、黙る角栄氏。

その後、とつぜんに、

角「日中国交正常化、、」

木「?」

角「日中国交正常化、、! あれは私がやりました。あの頃はね、毛沢東も元気で周恩来もおって、握手をしたときの掌(たなごころ)も覚えております。中国に行けば友人、知人、沢山おります。

・・おりますが、、私が中国へ行ったのはラーメンを食べに行ったんじゃないの!帰れ!
とカンカンに怒ってしまい、、

また黙ってしまう角栄氏。面会時間の3分も過ぎてしまう・・。

そこで木久扇師匠はラーメン党の話をする。

木「田中先生、申し遅れましたが、ラーメン党には、党員が1万名おります。」

角「あんた今なんつったの?」

木「党員が1万名おります。」

角「そういう事を・・早く言いなさいよ!

・・党員が1万名おるということは、有権者が1万名おるということでしょ。・・わたしのほうの応援をしてくれますか?

ここだと思った木久扇師匠、

皆田中先生が大好きでございます。わたくしラーメン党の会長でございますんで、わたくしが言えば1万名は動きます。」と畳み掛ける。笑

ここで空気が変わり、なぜか写真を一緒に撮ったりなど、気に入られた結果、木久扇師匠は北京に行くことになる。通算8回行ったらしい。

がしかし、ラーメンを1杯13円で売ってくれと言われる。それだと原価割れしてしまうので困っていたら、そのあと天安門事件が起き、治安の悪化により中国で商売すること自体が難しくなる。

これをらーめんにかけて「てんやもん事件」といつものゆるいダジャレで落とす師匠、素敵。笑

また、このくだりの中で木久扇師匠がやる角栄氏のモノマネがめちゃ面白く、必見です。 

 

ここで2回目の街シーン。新宿余丁町

日曜発明学校というのが出てくる。第3日曜に70~100人規模で発明品の発表をやっているとのこと。

タレントさんも発表にやってくるし、春風亭柳昇師匠も関わりがあったらしく、靴べらクリップなるものを発案してもってきたらしい。

ここで河津さんという73歳の発明家さんが出てくる。めちゃくちゃ元気である。
ティッシュボックス型の防災グッズを開発し、特許も取ったという。

大儲けしたいですか?とスタッフに聞かれ、大儲けしても意味はない、死んだら持っていけないと語る河津さん。なんだか面白い人であった。

 

またスタジオトークへ。木久扇師匠も発明をやっていた。

例えば、坂道を上り下りするための下駄。前の歯を短くして坂道を上り、後ろの歯を短くして坂道を下るというもの。
なんやかんやで通算70くらいつくったという。

発明学会はコチラ↓~
www.hatsumei.or.jp

 

そのまま木久蔵ラーメンの話へ。

33年間力を注いだ木久蔵ラーメン

師匠に落語と関係ないんですけど商売やっていいかと確認したら「落語の気持ちを忘れなきゃ、別に60くらいで戻りゃいいんだから」と言われて気が楽になったとのこと。

スペイン出店でお金を使ってしまって失敗してしまったという。

一時は27店舗あった(!)とのこと。

 

木久蔵ラーメンは現在通販で販売中

 

ここで発明品をひとつ思い出す木久扇師匠。

二つ注ぎ口がある、二口急須。楽屋でウケたそうな。自分もこれは好きだな。笑

なにせ二口なので一杯ずつは注げないのが面白い。笑

 

ここで3回目の街コーナー
渋谷のギャルと一緒に、
モデルをやっているという、ベルジアンのめちゃくちゃかわいくて日本語を話せる女の子が出てくる。
ふたりはバーで知り合い、コスプレ趣味で意気投合したという。

夢を追いかける人が好き、というベルジアン。
ヤンキーが好き、というギャル。
実は少し前日本人と付き合っていて、「毎日がアドベンチャーだった♡」と語るベルジアン。
はたしてその彼は、、ヤンキーだった・・。笑

 

よきオチがついたようでスタジオへ。

↑のベルジアンたちの映像を観て、素人のテレビの受け答えがうまくなったよねという話をしていたあと、

べぇ師匠と木久扇師匠、おふたりは40年以上の付き合いであるという話へ。

二人が共演した「独占!男の時間」という番組での鶴瓶テレ東出禁事件を語る。

 

そして今回一番興味を持ったのがここ、

木久扇師匠、昭和36年の初高座の話。
師匠に「短めに」と言われて、寿限無しか知らなった木久扇師匠は困ってしまう。
なにせ寿限無14分もする。どうやって短くしたらいいか皆目見当がつかない。
仕方ないので森山加代子さんの「月影のナポリという歌を歌ったが、
客席はシーン。
高座をおりたら、「歌ってくれって言ってんじゃねぇよ、噺してくれて言ったんだよ
何で歌うんだよバカヤロウ。(空気が)変なんなっちゃったじゃねぇかよ・・」と師匠に怒られてしまう。

しかし、その歌を歌った若い落語家の噂は広まって有名になってしまう。

「歌うぞこいつは」と。

それを先代の圓楽さんが面白がって、「キクちゃん、今日は何を歌うの?」て楽屋で絡んできたりもしてたとのこと。

こうやって変なことしちゃって怒られたりしたのがかえって面白いほうへ働くという話は大好き。

 

そのあとは木久蔵を息子に譲り、公募で自分の名を募った話へ。

それを「発明ですやんか」、とべぇ師匠

ここまで木久扇師匠の色々な面を紹介してきたけど、木久扇師匠はなんだかんだアイデアマンであることを印象づけるシーン。

 

4回目の街コーナー。

木久扇師匠のリクエストで、「親に連れて行ってもらった思い出の場所はありますか?」と街の人に訊いて回る。

・女性の宮崎県の都城市、「しろくま」を食べた商店街のパーラーの話

・中年の男性の、反抗期に、父と喧嘩していることで母が泣き出して、自分も泣いてしまった街のレコード屋の話

若い女性のタイに家族旅行へ行ったらエレベーターが途中で止まって、おばあちゃんがずっと「ごめんくださいー」「ごめんくださいー」て助けを呼んでいた話

・成人式に父親に風俗やスナック等色々なオトナのお店に連れて行かれたという男性の話。

→トラックの運転手だった父とは遊ぶ機会がなかったという事で男性は喜んでいた模様。映画のワンシーンみたいな話でなんだかちょっとよかった。

・52歳男性の、小学1年生のときの広島の平和公園でアヒルが喋ったという話

ちなみに、木久扇師匠の思い出の場所は日本橋ミルクホール

(※ググったら、ミルクホールというのは、 主にミルクを提供することを目的とした飲食店で、時の政府が日本人の体質改善を目的としてミルクを飲むことを推奨していた明治時代に数多く出現した。とのこと。)

 

ここから最後のスタジオトーク

日本橋雑貨問屋の息子さんだった木久扇師匠。

夜は毎日外食だったという。

ここでのトークが「雑になってきてまっせ」とべぇ師匠にツッコミをくらい、

「(疲れたので)帰りたい」と返して笑いをとる木久扇師匠。

 

ここで木久扇師匠のひとつの笑いのとり方の話を。
「(舞台へ)出て行く時に5分間だけ盗める」という木久扇師匠。

この、登場5分で笑いを取る方法が興味深い話でしたが、コレ説明大変だしなんかいい話なのでぜひ本編で。笑

そして実はこれはエルトン・ジョンが以前ラスベガスでやっていたものらしく、
それを東京の寄席でやって、「新鮮だ 面白い演出だ」とウケたとのこと。

こういう時代っていいなぁ。

 

最後の最後に手塚治虫の話。

小学館のパーティーさいとう・たかを先生に紹介された時に、「家を建てるんですよ」、と話をした木久扇師匠。
三年くらい経ったある日、家を見に手塚治虫先生が来たという。
手には風呂敷包があり、を描いてきてくれた(!)とのことで、

この話をする中で木久扇師匠は"ジャングル大帝"のタイトルが出てこず、

「それちゃんと思い出さないと、師匠どんどんボケていきますからね」といじるべぇ師匠

話を続けて、

木「アトムとレオが並んで落語喋ってる絵をもってきてくれて・・」

鶴「え!?」と驚く。

木「え(絵)!?って、今のシャレですか?」

鶴「ええかげんにしてください、怒りまっせ、なんぼ師匠でも笑」

木「帰っていいですか?

鶴「帰ってくださいもう笑」

というような形で番組は終わり。

 

やっぱり、木久扇師匠、頭いいよなぁ・・。

この方は「演じている」人なのですな。うーんカッコいい。

 

・・しかし、37分の番組でなんという密度の濃さ!!

またたまに書き起こしやってみよっと☆

 

Fin.